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【上級】カオスの同期現象

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【上級】カオスの同期現象

カオスとは、「予測ができるはずなのに予測ができない」現象のことで、多くの研究者の興味を惹きつけています。カオスのこの性質は「初期値鋭敏性」と呼称されています。

このカオスですが、その複雑さにも関わらず「同期現象」を起こすことがわかっています。
「同期現象」とは、複数の個体やシステムが同じリズム・タイミングで動く現象のことで、自然界に見ることもできますし、人工的に引き起こすことも可能です。例えば、たくさんのホタルが同じタイミングで光ったり、たくさんのメトロノームがいつのまにか同じタイミングで振れていたりというものです。

1990年代に、初めて「カオスの同期という現象が発見されました。2つのカオスなシステムが全く同じ挙動を示すということは非常に興味深い現象です。今回は、この「カオスの同期現象」について、カオスとはなんなのかも含めて、紹介していきたいと思います。

上級編では、実際の微分方程式を例にとって初期値鋭敏性を実感し、そのうえでカオスの同期現象について観察していきたいと思います。

カオスと初期値鋭敏性

今回話題にしている「初期値鋭敏性」という性質について少し詳しく見ていくことにします。初期値鋭敏性は通常の微分方程式系にはなく、カオスな微分方程式系にはある性質で、カオスを特徴づける性質です。まずは初期値鋭敏性がどんなものであるかを、実際の微分方程式を通して観察してみましょう。

カオスではない微分方程式系の例として、ロトカヴォルテラ系を、カオスな微分方程式系としてローレンツ系を用いることにします。ロトカヴォルテラ系は、生態学の分野で有名な数理モデルのひとつで、捕食者と被食者の個体数の変動を数式で表したものであり、それぞれの個体数が減ったり増えたりするという様子をうまく表現しているモデルです。
まず、ロトカヴォルテラ系は以下のような微分方程式系で表されます。
\begin{eqnarray}
\left\{
\begin{array}{l}
\dfrac{dx}{dt} = ax-bxy \nonumber \\
\dfrac{dy}{dt} = -cy+dxy  \nonumber \\
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}
\(x\)は被食者の個体数、\(y\)は捕食者の個体数を表しています。

一方で、ローレンツ系は次のような微分方程式系で表現されます(これはローレンツが大気の動きを単純化しようとして構築したものです)。
\begin{eqnarray}
\left\{
\begin{array}{l}
\dfrac{dx}{dt} = \sigma (y-x) \nonumber \\
\dfrac{dy}{dt} = rx-y-xz  \nonumber \\
\dfrac{dz}{dt} = xy-bz \nonumber
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}

ローレンツ系の各変数およびパラメータについて言及しておきます。ローレンツは、下からは暖められ、上からは冷やされる流体の動きを定式化しようと試みてこの微分方程式系を構築しました。変数\(x\)は対流運動の速度、\(y\)と\(z\)はそれぞれ水平方向と垂直方向の温度変位を表しています。\(\sigma \)はプラントル数、\(r\)はレイリー数と呼ばれるパラメータであり、\(b\)は物理的なサイズに関わるパラメータで、特に名前は付けられていないようです。

この2つの微分方程式系において、それぞれ変数\(x\)の挙動について観察することにします。時間\(t\)を横軸に、変数\(x\)の値を縦軸にとり、そのグラフを描いてみるとそれぞれ次のようなグラフになります。

Lotoka_label

ロトカヴォルテラ系における変数\(x\)の変動

Lorenz_label

ローレンツ系における変数\(x\)の変動

それでは、本題の初期値鋭敏性についての観察を行ってみましょう。初期値鋭敏性は、簡単に言うと、初期条件を少しでもずらすとその後の挙動が大きく変わってしまう性質のことです。ロトカヴォルテラ系とローレンツ系について、先ほどのグラフに、初期値を0.1だけずらしたグラフを重ねて描いたものが以下のものです。

Lotoka_label_double

ロトカヴォルテラ系の変数\(x\)において、初期条件を0.1だけずらしたものを重ねたグラフ。

Lorenz_label_double

ローレンツ系の変数\(x\)において、初期条件を0.1だけずらしたものを重ねたグラフ。

ロトカヴォルテラ系の方は、最初のちょっとしたズレは時間が経っても小さいズレのままです。対照的に、ローレンツ系の方では時間が経つと変数\(x\)の挙動は大きく異なったものになっています。これが初期値鋭敏性です。

微分方程式でその挙動が決定されるシステムは、初期条件を定めれば原理的にはどの時点の挙動でも確実に決定することができます。一般に、ほとんどの微分方程式はその厳密解を導くことができないため、解の挙動は計算機による数値計算に頼ることになります。どんなに精密な数値計算でも「無限の精度」を出すことはできませんが、そのような制約のもとでも、系がカオス的でなければ解析の結果に大きな影響はありません。いま見たロトカヴォルテラ系の例のように、小さい誤差は小さい誤差であり続けてくれるからです。しかしながら、対象となるシステムがカオスとなると話は変わってきます。カオスな系は、この初期値鋭敏性という性質と、数値計算による精度の限界から、実質的に未来の挙動の予想が極めて困難な系であるということが言えます。

カオスの同期現象

前節で述べたように、カオスな系はその初期値鋭敏性という性質上、まったく同じ微分方程式系で記述されるシステムを2つ用意したとしても、どこかでズレが生じてしまえばいずれ全く違う挙動を示すことになります。したがって、2つのカオスな系を同期させることは不可能であると考えるのが妥当です。しかしながら、カオスを同期させる、つまり2つのカオスな系に対し、全く同じ挙動をさせる方法が発見されています。それが今回紹介するカオスの同期現象です。カオスを同期させる手法はこれまでに様々なものが提案されていますが、ここでは一番最初に発見された方法について、先ほども登場したローレンツ系を用いて言及します。ローレンツ系を再掲します。

\begin{eqnarray}
\left\{
\begin{array}{l}
\dfrac{dx}{dt} = \sigma (y-x) \nonumber \\
\dfrac{dy}{dt} = rx-y-xz  \nonumber \\
\dfrac{dz}{dt} = xy-bz \nonumber
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}

このシステムをdrive systemと呼ぶことにします。次に、以下のようなシステムを用意します。

\begin{eqnarray}
\left\{
\begin{array}{l}
\dfrac{dx'}{dt} = \sigma (y'-x') \nonumber \\
\dfrac{dy'}{dt} = rx-y'-xz'  \nonumber \\
\dfrac{dz'}{dt} = xy'-bz' \nonumber
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}
このシステムをresponse systemと呼ぶことにします。
今回紹介する同期方法は、drive systemの挙動にresponse systemの挙動を追従させる同期の方法です。response systemの式をよく見ると、第2式と第3式に、drive systemの変数\(x\)が紛れ込んでいます。これが同期を引き起こすからくりです。
このふたつの系の挙動をシミュレーションした結果が以下です。なお、初期値についてはdrive systemについては(1,1,1)とし、response systemについては(5,5,5)としました。2つの系は速やかに同期していることがわかります。

Lorenz_Sync_label

ローレンツ系における同期現象をシミュレーションしたグラフ

カオスの同期現象の応用

カオスの同期現象は、秘匿通信システムや新しい暗号システムへの応用が期待されています。応用方法にも様々がものがありますが、代表的なものはchaotic masking methodと呼ばれるものです。chaotic masking methodを紹介する前に、まずはメッセージの暗号化の模式図を以下に示します。

暗号模式図送信者は受信者にメッセージを伝送するとき、部外者にその内容を知られないようになにかしらの手段で暗号化を施します。そして受信者は暗号化されたメッセージをあらかじめ決めておいた手段で復号化することで、もともとのメッセージを手に入れます。

chaotic masking methodはこの暗号化と復号化の部分にカオス的な信号を利用するもので、その模式図は以下のようになります。
mosikizu

送信側は伝送したい信号にカオス的な信号を重ね、一見なんの意味も持たないような信号に変調します。受信側はその変調された信号を受け取ったあと、送信側と同期させているカオスシステムを用いて変調に利用されているカオス的な信号を入手し、それを受信した信号から差し引くことでもともとの信号を復元します。

近年、計算機の発達や量子コンピュータの登場により、現存する暗号システムが機能しなくなる可能性が示唆されており、新しい暗号技術の開発に注目が集まっています。従来の暗号は、その安全性を計算量複雑性に求めています。つまり、計算するのに時間がかかるため、その情報が情報としての価値を失うまでの時間が十分に稼げる、というものです。しかし、計算機の発達や量子コンピュータの台頭により、その安全性が失われる可能性が出てきています。そこで注目されているのがカオスを用いた暗号であり、これは原理的に解読が困難な暗号として価値を見出されています。例えば、暗号に用いるパラメータ系を実数値に選んでしまえば全数探索は不可能になります。また、カオスにはパラメータに関する鋭敏性もあるため、高精度でパラメータ同定が出来なければ攻撃することも難しくなります。カオスの同期現象を利用したセキュリティシステムは、新しい暗号のひとつの候補ということができるでしょう。

-chaos synchronization, 上級

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