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100m

【中級】スポーツトレーニングに革命!運動前の脳活動から反応の速さを予測することに成功

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2009年8月16日。ウサイン・ボルトは、わずか9秒58で100mを駆け抜け、全世界を驚愕させました。

ウサイン・ボルトは、世界陸上ベルリン大会で9.58の驚異的な世界記録を樹立した

しかし、彼は2年後の世界陸上ではフライングしてしまいました。厳しい鍛錬を積んだ世界トップクラスのアスリートでさえ、最高のスタートを毎回切れるわけではないのです。
勢い余ってフライングしてしまうこともあれば、スタートが遅れてしまうこともあります。世界のアスリート達は、何千回・何万回とスタートダッシュの練習を行うことでこれを克服しようとしています。

う

世界陸上テグ大会の男子100m決勝で、ウサイン・ボルトはフライングにより失格となった

これに対して、東京大学の研究グループは「スタート合図から運動開始までの時間は、運動開始前の脳活動から予測できる」ことを示しました。この成果は、ばらつきが少なく精度の高いパフォーマンスを出し続けられるようなスポーツトレーニングの開発に繋がると期待されます。

今回は、Nature系列のオープンアクセス誌Scientific Reportsに2016年6月2日付で掲載されたこの研究について紹介します。
<プレスリリース>

脳の準備状態により、反応時間は大きく左右される

脳は、場所によって様々な機能を司っている

脳は、場所によって様々な機能を司っている

そもそも、どんなに努力を重ねたところで、反応時間をゼロにすることはできません。原理上の最短反応時間には諸説ありますが、神経伝達速度を考慮すると、ヒトは0.1秒よりも速く反応することはできないとされています。そして、常にその"最短反応時間"を出力できるわけではなく、反応時間は毎回ばらついてしまいます。例えば、ボルトが世界記録を出した時の反応時間は0.146秒でしたが、その日の準決勝では0.135秒でした。この変動を限りなく小さくすることができれば、パフォーマンスを向上させることができます

一般に、脳内の運動を司っている領域は、運動前後において激しく活動します。近年、サルを用いた研究で「運動前の脳の活動から反応時間のばらつきを予測できるのではないか」という説が出てきましたが、ヒトの脳活動にも"ばらつきが予測できるほどの情報"が含まれているかは分かっていなかった上、これを非侵襲な測定で実現するのは困難でした。

今回、研究グループは運動前後におけるヒトの脳活動を細かく詳細に計測できる脳磁図(MEG)を用い解析を行いました。すると、反応時間の速さを決める特徴的な脳の活動パターンがあることが判明しました。

運動前野(M1)と一次運動野(M1)の活動が反応時間に支配的な影響を与えていることが分かった。

運動前野(M1)と一次運動野(M1)の活動が反応時間に支配的な影響を与えていることが分かった。

集中力に関連する脳領域の準備状態も反応時間を左右する原因になりますが、研究グループは「反応時間に最も大きな影響を与えているのは"運動前野"という脳領域」であることを突き止め、運動の約0.5秒前から反応時間のばらつきを予測することに成功しました。これは、運動前の脳の準備状態によって、反応時間が大きく左右されてしまうということを意味します。

効率的なスポーツトレーニングが可能になる

脳の神経活動を応用した例としては、

グーグルグラスを脳波でコントロールするNeurosky MindWave Mobileや、

全身麻痺患者が脳波でロボットアームを操作できるシステム150127thumbbmi_upmc

などがすでに開発されつつあります。

このような"脳波でコントロールするデバイス"のことをブレイン・マシン・インタフェース(BMI)と言いますが、これまでに開発されてきたBMIの殆どは人工装具をコントロールするために開発されてきました。

今回の研究成果は、BMIに新たな可能性を示したということもできるでしょう。本研究を応用したBMIが開発されれば、「常に最速で反応できるような脳トレ」が可能になります。これは、トップアスリートのトレーニングにとって有用なだけでなく、反応遅れによる人為ミスや事故を防ぐような装置にも応用可能です。また、人工装具を皮質電流でコントロールする際、より複雑な制御ができるかもしれませんし、認識と動作のズレを解消する手掛かりの一つになるかもしれません。

日本人選手の100m走9秒台突入も近い?

現在の日本陸上短距離界は、桐生祥秀(東洋大)、山縣亮太(セイコー)、ケンブリッジ飛鳥(ドーム)、の3強がしのぎを削っています。桐生は10.01の自己記録と追い風参考ながら9.87の記録を持っており、山縣、ケンブリッジもそれぞれ10.06、10.10の記録を持つなど"10秒切り"の筆頭候補です。

つい先日開催された第100回日本陸上競技選手権大会ではケンブリッジが優勝し、リオ五輪にはこの3人が選出されました。

日本人9秒台突入の瞬間を是非見たいものですが、それでも9秒台を高いレベルでコンスタントに出せるようにならないと世界で戦うにはまだまだ厳しいのが現状です。反応の速さそのものは100m走のごく一部を占めているにすぎませんが、今回の研究をもとにトレーニングが効率化されれば、スポーツの歴史が日本の最先端の科学技術によって大きく塗り替えられる日がやってくるに違いありません。

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