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Single-trial prediction of reaction time variability from MEG brain activity

【上級】脳磁図解析によりヒトの反応時間の変動を予測

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素早く反応するためにはー

東京大学の研究グループは、ヒトの脳がどのような状態にある時に素早く反応できるのかを予測することに成功し英科学誌Scientific Reportsに2016年6月2日付で掲載された。

この研究成果は、アスリートのトレーニングに革命をもたらすだけでなく、事故を未然に防ぐ手法としても有用である。

今回は、この研究内容について詳説する。

反応時間と脳

ヒトは、何かに反応して瞬発的に反応しなければいけない時がある。それは、突然の事故回避のような脳にとって無計画な運動(=ボトムアップ注意)の時もあれば、100m競走の号砲に付随する運動のような脳によって計画された運動(=トップダウン注意)の時もある。いずれにせよ、どんなに努力したところでこの反応時間を無くすことはできない。神経伝達速度に律速があるためである。従って、せめてでも試行毎の反応時間のばらつきをなくし最短かつ一定に保つ方法が分かれば、反応遅れに起因する事故を防ぐのに重要な役割を果たすと考えられる。

判断遅れに起因するヒューマンエラーは、しばしば甚大な被害を巻き起こす

判断遅れに起因するヒューマンエラーは、しばしば甚大な被害を巻き起こす

運動前後において活発化する脳領域は、既往研究からすでにある程度分かっている。運動前野(Premotor, PM), 一次運動野(Primary Motor, M1), 後頭頂葉皮質(Posterior Parietal Cortex, PPC), 補足運動野(Supplementary Motor Area, SMA)における運動前の活動は、刺激起因随意運動の前段階において重要な役割を担っていることが示されている。これらの領域の活動を精査することで反応時間のばらつきを予測するための重要な情報が得られると考えられる。

脳には無数の領域があり、各領域が様々な機能を担っている。

脳には無数の領域があり、各領域が様々な機能を担っている。

これまで、末梢神経と筋肉の接合部におけるノイズが運動のばらつきを生みだす主な原因と考えられてきた。しかし近年では、運動を開始する前の準備期間中の脳活動が、運動実行中のノイズに代わる主要な要因であることが示唆されている。更に、サルを用いた電気生理学的研究では、運動前の脳情報から刺激起因随意運動の反応時間の違いが予測できる可能性が示唆されていた。この研究によると、PMの運動前の複雑な神経活動には反応時間のばらつきを予測可能にする重要な情報が含まれているという。一方、ヒトの脳活動にもばらつきを予測できるほどの情報を非侵襲に収集し解析できるかは明らかにされていなかった。研究グループは、fMRIの研究で広く用いられているパターン認識の手法と機械学習のアルゴリズムを用いることで、運動前の脳磁図シグナルから反応時間の予測に挑戦した。

反応時間に影響を与えるのは、PMの準備活動だけとは限らない。高い集中を保ち、覚せい状態を維持するのには脳の幅広い領域が関連する。研究グループは、反応時間に影響を与える支配的要素を明らかにすべく、脳の各解剖学的領域について反応時間の予測精度を評価した。

実験方法

9人の右利きの被験者(22~45歳)の協力のもと実験を行った。被験者は音声とスクリーンの表示に従って指を動かし、その指の動きを解析し反応時間を求めるという算段である。この実験中に脳磁図(※)が測定され、詳細な解析が行われた。

※脳磁図:「脳の微弱な電気的活動によって生じる磁場の変化を、ミリ秒単位で計測しイメージングする手法」のこと

Caption

実験方法:①実験は、スクリーンに+マークだけが見える状態から始まる。②まず、高音(880 Hz)または低音(440 Hz)のガイドが流れる。③次に、+マークの上部にターゲットが現れる。この時、被験者は可能な限り指を早く動かし始めなければならない。ただし、高音ガイドの際は指を速く、低音ガイドの時は指をゆっくり動かすことが求められる。④次に、スクリーンには指の動きに応じてgood, fast, slowのいずれかのフィードバックが表示される。⑤この試行60回を1セッションとし、計6~9セッションの試行を行った。

全ての試行について、反応時間(=RT, Reaction Time)の速い25%をShort RT, 遅い25%をLong RTと定義し、この結果と脳磁図測定の結果とをあわせ、機械学習のアルゴリズムを用いることで反応時間の速い/遅いを決定する脳の活動を推察した。

Caption

データ処理:分布関数を被験者毎に作成し、前/後半の25%をShort/Long RTとして分離した。これらを脳磁図の測定結果とあわせ、機械学習のアルゴリズムを用いることで反応時間を決定する脳の活動状態を推察した。

脳の準備状態から反応時間を予測する

運動計画に関連する脳の領域には、運動前野(PM), 一次運動野(M1), 補足運動野(SMA), 上頭頂小葉(Superior Parietal Lobule, SPL), 下頭頂小葉(Inferior Parietal Lobue, IPL)の5つが考えられる。研究グループは、この5つの領域の活動と反応時間の相関を詳細に解析し、反応の速い/遅いの予測可能性を領域毎に考察・推察した。

その結果、PM, M1から構成される左中心前野(left precentral area)の脳活動が反応時間に影響を与える支配的な要素であることが明らかとなった。M1からは試行の0.25秒前から反応時間を予測できたが、特にPMからは0.55秒前から反応時間の速い/遅いを予測可能であった。なお、サルの皮質電流測定の結果において、運動準備に関連する神経細胞はPMから多く発見されている。

運動前野(M1)と一次運動野(M1)の活動が反応時間に支配的な影響を与えていることが分かった。

運動前野(M1)と一次運動野(M1)の活動が反応時間に支配的な影響を与えていることが分かった。

ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)の多くは、の神経活動を感知することで神経代替機能を実現している。しかし今回、頭頂皮質の脳磁図による反応時間の予測精度は十分なものではなかった。頭頂皮質は、運動計画に関連する領域でありながら、運動のばらつきに影響するファクターを十分に含んでいないということになる。

逆に、運動計画に関連する領域の神経活動だけに反応時間に影響を与えるファクターが含まれているわけではない。研究グループは、運動開始合図直前の外側前頭前野(Lateral Prefrontal Cortex)、下頭頂葉(Inferior Parietal Cortex)の信号に、反応時間をばらつかせる要因が含まれている事を明らかにした。神経画像の研究者らは、「これらの脳領域は注意深さを維持するのに重要な役割を果たしている」と指摘している。今回の研究において、被験者はガイドによって2つの指の速度を準備しなければならなかった。すなわち、状況に応じて、適切な運動計画状態を維持しなければならなかったのである。意識集中状態を維持することと関連のあるこれら脳領域におけるトップダウン注意は、遅れ反応を予期する手掛かりの一つである。

脳の様々な領域に反応時間に影響を与えるファクターが含まれていることが分かった。

脳の様々な領域に反応時間に影響を与えるファクターが含まれていることが分かった。

以上の結果は、これまで侵襲的な脳活動計測で行われていた部分的な研究を脳全体に広げることを可能にする。

BMI研究により、SF世界が実現される

将来的なアプリケーションを考えた時、大きく3つの問題を克服しなければならないと研究グループは述べている。第一に、予測精度をもっとあげなければならない。例えば、PMの脳磁図を用いての予測精度は高々62.0%である。第二に、様々な運動開始方法を用意してデータを集めなければならない。今回は、「指を動かす」という単純な試行について解析を行ったに過ぎない。第三に、持ち運び可能な測定システムを実現しなければならない。乗り越えなければならない課題はあるが、「反応遅れを防ぐBMIの実現可能性」を示した点でその功績は大きい。

本研究を応用すれば、今までにないブレイン・マシン・インタフェースが実現可能となる。

本研究を応用すれば、今までにないブレイン・マシン・インタフェースが実現可能となる。

本研究が応用できれば、反応遅れによる重大な事故を事前に防ぐシステムや、運動機能向上のための効率的なトレーニングが実現可能になる。また、人工装具デバイスをコントロールする従来型のBMIにも本研究成果のアルゴリズムを組み込むことで、"操作酔い"のような、脳との認識のズレを低減できる可能性も秘めている。

近年、BMI研究は急速に進み、脳波を用いて操作するデバイスが次々に提案されている。これらは、従来のような操作ボタンやコントローラを必要とせず、頭で考えるだけで操作できるデバイスである。SFの世界で語られてきた近未来的な世界は、既に実現されつつある。

今後も、BMI研究の動向には目が離せなさそうだ。

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